プーアル茶とは7: プーアル茶文化2

長い歴史をへて独特のもに進化をしたプーアル茶。
そのプーアル茶は、広州で飲茶という形で食文化、さらには広州という商人文化、そして文人文化とともに、ゆっくりと時間をかけ、独特のものへと変化を遂げていきました。

この時代のプーアル茶はいわゆる號級茶、私人茶庄と呼ばれるそれぞれの茶庄のブランドとしてプーアル茶が作られていました。その中には貢茶として朝廷に献上されるもの、高級茶として輸出用として作られるものから一般の人たちが飲むものまでさまざまなプーアル茶がありました。当時世界最先端といわれた中国文化。文化的に卓越し、安定した、長い王朝とともにプーアル茶文化は一つの頂点を迎えたといえます。清王朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀もプーアル茶を愛飲したと伝えられています。

しかし、その安定したプーアル茶作りは、戦争という大きな動乱の中で乱れています。
そして、プーアル茶作りは中華人民共和国の設立とともに大きな変化を遂げていきます。最初の変化は私人茶庄の国営化でした。しかし、生み出されたプーアル茶を見れば、その変化もすばらしいものといってもいいでしょう。紅印圓茶に代表される銘プーアル茶を生み出した後もすばらしいプーアル茶を生み出し続けていきました。
しかし、その後の共産主義の広がりとともにプーアル茶作り自体に変化が生まれていきます。大躍進、そして文化大革命といった政策の実施とともにそれまであったプーアル茶作りは効率の悪いものとして古茶園は切り倒されいきました。そして70年代に生み出されたブレンド技術「配方」。これによって、それまでの古樹茶で作ったプーアル茶は姿を消していきました。それでもおいしいプーアル茶は生み出され続けます。

プーアル茶はもともと何十年も熟成を経て完成し、飲み頃を向かえます。
動機としてはプーアル茶作りの効率化でした。それまでは自然に、または茶商の倉庫の中で行われていた微生物による発酵をプーアル茶作りの工程に取り入れたプーアル茶作りが1973年より始まります。プーアル茶の歴史の中でも最大の発明といわれる熟茶の誕生です。
それまでのプーアル茶における微生物発酵は自然の中で偶発的に、または1950年代ごろより茶商が行っていた、湿度の高い茶倉で行っていた無水、あるいは加水による人為的発酵でしたが、熟茶作りではその微生物発酵を製茶の工程に組み入れることによって新しくともまろやかなプーアル茶が生み出されました。

これらは自然発生的なプーアル茶の技術的進歩とは少し異なる、人為的な変化といえるでしょう。
そして30年の月日がたちプーアル茶ブームが起こります。



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  • 2017.10.16 Monday
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