プーアル茶とは2: そのはじまり

プーアル茶について、続きです。

プーアル茶ては雲南省の普洱府で取引されている茶がいつしかプーアル茶と呼ばれるようになりました。
普洱府で取引されていた雲南茶がプーアル茶。
それはもっともらしく聞こえますが、ここでプーアル茶の消費について考えて見ます。

プーアル茶ブームの広がりとともに現在は上海や北京、さらには韓国など場所を問わず飲まれるようになりましたが、つい10年ほど前まではプーアル茶の消費地といえば広州や香港、そして台湾でした。
反対に産地である雲南省ではプーアル茶をたしなむという話は聞くことがありませんでした。

広州など一見、雲南省とは関係のなさそうな遠く離れた地でプーアル茶文化が栄えた理由はなぜでしょうか?

茶の歴史を紐解けば、それはすなわち交易の歴史でもあります。
1000年以上の昔から近代までは茶は大変重要な交易品でした。

最初の茶の交易としてはチベットへと続く「茶馬古道」が知られています。
この茶馬古道はチベットを抜け、ネパール、インド、そして中東のあたりまで続いたとされます。

その後歴史が進むにつれて中国の茶馬は遠くヨーロッパまで運ばれることになります。
茶が初めてヨーロッパにもたらされたのは1500年代初頭という記録があります。そして嗜好品として消費されるようになったのは1600年代になってからです。

当時の王朝である、清朝は海外との交易を行っておらず、これらの茶は基本的に私貿易を通じて送られていましたが、その後いろいろな経緯をへて、17世紀終盤になると広州が指定港となりました。

前回のブログで普洱府がプーアル茶の語源となったと書きましたが、その普洱府が制定されたのも18世紀のはじめとなります。
つまり、雲南省の普洱府に集積され、広州まで運ばれてきた茶が広州の人々に好まれた。
これがプーアル茶の直接の原型といえます。

ではなぜプーアル茶は広州で好まれ、そこでプーアル茶文化が華開くこととなっていったのでしょうか。
それにはプーアル茶とはどのようなお茶であるかを見て行く必要がありそうです。

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  • 2019.11.07 Thursday
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